このエントリーは、市民団体「I LOVE 憲法の会」会議に寄稿した文章をブログ用に編集したものです。
「1ミリも私たちの言うこと聞かないじゃないですか!」
2026年4月6日、自民党本部で法務部会と司法制度調査会の合同会議が開かれました。会議の議題は、いわゆる再審法改正です。会議が始まる前、稲田朋美衆議院議員が「マスコミが退出するまで私一言言わせてもらいたいんですよ! 何も1ミリも私たちの言うこと聞かないじゃないですか! ほとんどの議員が抗告禁止と言っているにもかかわらず、それを全く無視している!」と叫びました。
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4月15日の会議でも、稲田議員ら複数の議員が「不誠実なんだよ!」「ヒアリングの後の直してないじゃない!」等と叫びました。司会が「まだ会議は始まっていません」と発言を制止しようとすると、鈴木貴子衆議院議員が「会議が始められるわけないですよ!」と反発し、怒号がとびかいました。
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これらの場面はカメラに収録され、テレビニュース等で広く報道されました。自民党内の会議で、ここまで議論が紛糾し、その様子が報道されることはめずらしいのではないでしょうか。
現在、再審法改正に向けた議論が進んでいます。このエントリーでは、再審法改正では何が問題になっているのか解説します。
再審とは
再審とは、確定した裁判について、一定の理由があるときに、裁判をやり直す非常救済手続です。
通常の刑事裁判は、(一部の犯罪を除いて)まず地方裁判所が判決を言い渡します。地方裁判所の判決に不服があるときは、当事者は高等裁判所に控訴し、審理を続けてもらうことできます。さらに、高等裁判所の判決に不服があるときは、当事者は最高裁判所に上告することができます。判決に対する不服申し立てをしなかったとき、及び最高裁判所が判断をしたときは、判決が確定します。有罪判決であれば刑が執行されることになります。このように判決が確定した後に、裁判をやり直す手続きが再審です。
便宜上「再審法」と呼んでいますが、「再審法」という独立の法律があるわけではありません。刑事訴訟法435条から453条が再審に関して規定しています。これらの規定は、現行刑事訴訟法成立した1948年から一度も改正されていません。いわゆる再審法改正とは、これら刑事訴訟法の再審に関する規定を改正することを指しています。
現行法は、判決を受けた本人の利益のための再審(利益再審)のみを認めています。つまり、有罪判決が確定してから再審で無罪判決になることはあっても、無罪判決が確定してから再審で有罪判決になることはありません。このことから、再審の目的は、真実の追求そのものではなく、無辜の救済(罪のない人を救い出すこと)にあると言われています。
再審事由は、刑事訴訟法435条1号から7号に規定されています。実務上は、有罪の言渡を受けた者に対して無罪等を言渡すべき「明らかな証拠をあらたに発見したとき」(いわゆる新証拠があるとき)(法435条6号)にほぼ限られています。
何をもって新証拠とするかについて、かっては、有罪判決の根拠を完全に覆す証拠でなければならないと解釈されていたようである。しかし、いわゆる白鳥決定(最高裁判所昭和50年5月20日)において、最高裁判所は、新証拠であるかどうかは、その証拠と他の全証拠とを総合的に評価し、確定判決と同じ事実認定に到達したかを「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判における鉄則の下で判断する旨判示しました。
再審の審理について、現行刑事訴訟法は、必要があるときは事実の取調をすることができると規定(刑事訴訟法445条)するだけで、具体的な審理の方法を規定していません。具体的な審理の方法は、裁判所の裁量に委ねられています。そのため、再審の審理に積極的な裁判所と消極的な裁判所とでは、審理のスピードや内容に大きな違いが生じている(いわゆる「再審格差」)と指摘されています。
裁判所は、再審請求に理由があるときには、再審開始の決定をします(刑事訴訟法448条1項)。地方裁判所の決定に対して、当事者は高等裁判所に不服申し立て(即時抗告)をすることができます。さらに、高等裁判所の決定に対して、当事者は最高裁判所に不服申し立て(特別抗告)をすることができます。
再審開始決定に対して検察官が不服申立てをしなかったとき、及び最高裁判所が再審開始決定を支持する決定をしたとき、再審開始決定が確定します。
再審開始決定が確定すると、やり直しの刑事裁判(再審公判)がなされる(刑事訴訟法451条1項)。再審公判では、被告人が有罪か否かが改めて審理されます。このように再審では、再審請求と再審公判の二段階構造がとられています。再審開始決定が確定したにもかかわらず、再審公判で有罪判決が言い渡されることも、制度上はあり得ます。ところが、実務上は、再審請求の審理が大きなウェイトを占めており、再審請求の手続で審理が尽くされています。再審公判がほぼセレモニーとなっている事件もあります。
刑事訴訟法の再審に関する規定は、長らく改正されておらず、規定の不備が指摘されています。日本弁護士連合会(日弁連)は、2019年10月の人権大会で再審法改正を求める決議を採択し、再審法改正に取り組んできました。2023年2月には具体的な改正案を作成しています。
日弁連が特に重要と考えているのが、
- 再審請求手続における証拠開示の制度化
- 再審開始決定に対する検察官による不服申立て禁止
です。
再審請求手続における証拠開示の制度化
刑事事件では、捜査機関である警察署と検察庁が証拠を集めます。重大な事件では、証拠の数は膨大なものになります。ところが、刑事裁判では、検察官手持ち証拠のすべては弁護人に開示されません。そのため、ある争点に関して、有罪方向の証拠と無罪方向の証拠があるとき、検察官は、無罪方向の証拠を開示することなく、有罪方向の証拠だけを裁判所に提出することが可能でです。
現在の刑事訴訟法では、裁判員裁判対象事件等の一部の事件では、弁護人に証拠開示請求権が認められており、検察官手持ち証拠の一部が開示されるようになりました。ところが、再審請求手続では、証拠開示に関する規定がありません。検察官に証拠開示をさせるか否かは裁判所の裁量に委ねられていません。
実務上は、裁判所の裁量により広範囲の証拠開示が実現し、開示された証拠が再審開始決定に結びついています。その顕著な例が、2025年7月に再審無罪判決が確定した福井事件です。この事件では、犯人とされてきた前川氏が事件当日に血のついた服を着ていたと複数の知人が供述しており、これらの供述が重要な証拠となっていました。知人の1人は、テレビで歌う女性歌手に男性出演者が密着してダンスをしているシーンを見ていた時に呼び出され、血のついた服を着た前川氏を見た旨証言していました。このシーンが放送されたのは事件当日の1986年3月19日であるという客観的事実との整合が、証言の信用性を高めていた。ところが、再審請求手続で開示された当時の捜査報告書には、このダンスシーンが放映されていたのは3月26日とはっきりと記されていた。検察官は、証人が客観的事実と整合しない証言をしているのを把握していたにもかかわらず、そのことを隠し続けていたのです。
日弁連の改正案では、通常の刑事裁判と同様に、弁護人に証拠開示請求権が認められるべきとしています。
再審開始決定に対する検察官の不服申立ての禁止
地方裁判所の再開開始決定に対して、検察官が高等裁判所に即時抗告をすることができます。このように再審開始決定に対して検察官が不服申立てをできることが、再審請求手続きの長期化の要因になっていると指摘されています。
その例は、2024年10月に再審無罪判決が確定した袴田事件です。2014年3月、静岡地方裁判所は再審開始を決定しました。検察官が即時抗告をし、再審開始決定は確定することなく再審請求手続が続きました。2018年6月、東京高等裁判所は、再審開始決定を取り消す決定をしました。弁護団が特別抗告をし、2020年12月、最高裁判所は、東京高等裁判所の決定を取り消し、東京高等裁判所に審理を差し戻す旨決定しました。2023年3月、差し戻し後の東京高等裁判所は、再審開始決定を支持する決定をしました。制度上はこの決定に対して検察官が特別抗告をすることも可能でしたが、検察官が特別抗告を断念し、再審開始決定が確定しました。再審開始決定が出てから確定するまでの間に、約9年が経過していました。
犯人とされてきた袴田巌氏は、2024年3月の再審開始決定に合わせて拘置の執行停止の決定がなされ、釈放されました。とはいえ、再審開始決定が確定するまでの約9年間、法的な地位は確定死刑囚のままでした。裁判所に判断によっては、拘置の執行停止が取り消され、再び拘置所の確定死刑囚の房に収容されるおそれがある、という極めて不安定な地位にさらされていました。
それでも袴田事件は、最終的に再審開始決定が確定しただけましといえます。名張事件や大崎事件では、一度は裁判所が再審開始を決定したにもかかわらず、検察官の不服申立てにより、再審開始決定が取り消され、再審請求を棄却する決定が確定してしまいました。
日弁連は、再審開始決定に対する検察官の不服申立てを禁止すべきとしています。不服申し立てが禁止されても、再審請求と再審公判の二段階構造がとられている以上、検察官は再審公判で主張を補充して有罪立証をすることができるのですから、特に不都合はありません。
再審法改正の動き
袴田事件の再審開始決定確定等から再審法改正に向けた気運が高まったからか、2024年3月、超党派の議員連盟(会長:柴山昌彦衆議院議員)が発足し、再審法改正に取り組んできました。議連は2025年6月に独自の改正案を衆議院に提出したものの、実質的に審理されることはなく、2026年1月の衆議院解散により廃案になっています。
議連の動きとは別に、2025年3月、法務大臣が法制審議会(法制審)に諮問をしました。法制審再審部会での議論は急ピッチで進められ、2026年2月、法制審総会で改正案が採択され、法務大臣に答申されました。日弁連推薦の委員である鴨志田弁護士は、法制審再審部会を「9か月あまりで18回の会議というのは異例の頻度であり、11月以降は月3回のペースとなって、前の会議の議事録案も出ないうちに次の会議が来るという有様だった。これでは議論が積み上がっていくはずがない」と振り返っています(「法制審再審部会のリアル」季刊刑事弁護126号)。
法制審の改正案は、日弁連の問題意識からかけ離れたものでした。
証拠開示については、裁判所による証拠の提出命令が制度化されます。しかし、証拠の提出命令がなされるのは、「再審の請求の理由に関連すると認められる証拠について」、その関連性の程度、必要性の程度、弊害の内容及び程度を考慮し、相当と認めるときに限られている。
通常の刑事裁判と同様に弁護人に証拠開示請求権が認められることを日弁連は求めていましたが、これは否定されています。そればかりか、「再審の請求の理由に関連すると認められる証拠について」という制限がつくので、従来の実務運用における裁判所の裁量による広範囲な証拠開示も否定されます。従来の実務運用よりも開示される範囲が狭くなってしまいます。
さらに、証拠開示の制度化と引き換えに、開示証拠の目的外利用が禁止され、場合によっては刑事罰の対象になります。開示された証拠を報道機関や支援団体に提供することができなくなり、弁護活動が制約されます。
再審開始決定に対する検察官の不服申立権は温存しています。
このように法制審の改正案は、日弁連の問題意識からかけ離れたものでした。袴田事件の再審無罪等を踏まえて再審法改正の気運が高まり、冤罪被害者を救済するための改正案が作成されるはずでした。ところが、法制審の改正案は、再審開始決定・再審無罪が極力でないようにするための改正案となっているのです。
これには検察庁の意向が強く反映しています。報道機関「弁護士ドットコムニュース」が法制審再審部会委員の選定に関して法務省に開示請求をしたところ、開示された文書から、法務省刑事局長が法制審の委員を事実上選んでいることがわかりました。法務省刑事局長は、検察庁の検事が就くポストです。現に冤罪を産み出している検察庁の意向が反映されるように法制審委員の人選をすることが可能な構造になっているのです。これでは、冤罪被害者を救済するための改正案になるはずがありません。
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法務省としては、開催中の特別国会に内閣提出法案として法制審案を国会に提出したいとの意向があります。内閣提出法案として法制審案が提出されれば、今後議連が独自の改正案を提出しても、「閣法優先」の慣習により内閣提出法案が優先して審理されるからです。
自民党では、内閣が法案を提出する前に、自民党の内部手続きを経る必要があります。稲田議員らが叫んでいた会議は、この自民党の内部手続きです。
稲田議員は、弁護士であり、議連のメンバーでもあります。稲田議員ら議連のメンバーは、それまでの会議で、冤罪被害者や不服申立てを禁止すべきと言っている学者のヒアリングをすべき、会議では議連案も配布して法制審案と対比すべき等と意見を述べてきました。ところが、法務省側はこれらの意見をすべて無視しました。この法務省の対応に対する不満が、冒頭の「1ミリも私たちの言うこと聞かないじゃないですか!」という発言になったのです。
2026年5月7日、法務省から修正案が自民党に提示されたと報道されています。不服申立てに関しては、「原則禁止」が明記されるようです。法制審案に反対している自民党の議員も、「原則禁止」が明記されれば法案を了承する方針と報道されています。
検察官の不服申立てが無制限に許されるよりは、「原則禁止」のほうがましとも考えられます。しかし、「原則禁止」が明記されたところで、例外の場合には不服申し立てが可能なのであれば、結局のところ検察官はどうにかして例外の場合にあたると主張して不服申立てをするでしょう。「原則禁止」を明記することは、実務上はほとんど影響がないと思われます。
また、最近の報道では、不服申立禁止に焦点があたっており、証拠開示に関して自民党内でどのような議論があったのかがほとんど報道されていません。証拠開示が適切になされなければ、そもそも再審開始決定がなされません。証拠開示に関しては、法制審案は明らかな「改悪」であり、現在の実務運用のままのほうがましです。
このエントリーを執筆している時点では、自民党内の手続きが決着していません。仮に、自民党内の手続きを経て、内閣が法案を提出しても、国会での議論が控えています。冤罪被害者を救済するための再審法改正を実現できるのか予断を許さない状況が続いています。
