弁護士加藤英典のブログ

埼玉県所沢市の弁護士のブログです。

再審法改正は何が問題なのか 証拠開示と検察官の不服申立てをめぐって

このエントリーは、市民団体「I LOVE 憲法の会」会議に寄稿した文章をブログ用に編集したものです。

「1ミリも私たちの言うこと聞かないじゃないですか!」

2026年4月6日、自民党本部で法務部会と司法制度調査会の合同会議が開かれました。会議の議題は、いわゆる再審法改正です。会議が始まる前、稲田朋美衆議院議員が「マスコミが退出するまで私一言言わせてもらいたいんですよ! 何も1ミリも私たちの言うこと聞かないじゃないですか! ほとんどの議員が抗告禁止と言っているにもかかわらず、それを全く無視している!」と叫びました。
newsdig.tbs.co.jp
4月15日の会議でも、稲田議員ら複数の議員が「不誠実なんだよ!」「ヒアリングの後の直してないじゃない!」等と叫びました。司会が「まだ会議は始まっていません」と発言を制止しようとすると、鈴木貴子衆議院議員が「会議が始められるわけないですよ!」と反発し、怒号がとびかいました。
www.sankei.com
これらの場面はカメラに収録され、テレビニュース等で広く報道されました。自民党内の会議で、ここまで議論が紛糾し、その様子が報道されることはめずらしいのではないでしょうか。
現在、再審法改正に向けた議論が進んでいます。このエントリーでは、再審法改正では何が問題になっているのか解説します。

再審とは

再審とは、確定した裁判について、一定の理由があるときに、裁判をやり直す非常救済手続です。
通常の刑事裁判は、(一部の犯罪を除いて)まず地方裁判所が判決を言い渡します。地方裁判所の判決に不服があるときは、当事者は高等裁判所に控訴し、審理を続けてもらうことできます。さらに、高等裁判所の判決に不服があるときは、当事者は最高裁判所に上告することができます。判決に対する不服申し立てをしなかったとき、及び最高裁判所が判断をしたときは、判決が確定します。有罪判決であれば刑が執行されることになります。このように判決が確定した後に、裁判をやり直す手続きが再審です。
便宜上「再審法」と呼んでいますが、「再審法」という独立の法律があるわけではありません。刑事訴訟法435条から453条が再審に関して規定しています。これらの規定は、現行刑事訴訟法成立した1948年から一度も改正されていません。いわゆる再審法改正とは、これら刑事訴訟法の再審に関する規定を改正することを指しています。
現行法は、判決を受けた本人の利益のための再審(利益再審)のみを認めています。つまり、有罪判決が確定してから再審で無罪判決になることはあっても、無罪判決が確定してから再審で有罪判決になることはありません。このことから、再審の目的は、真実の追求そのものではなく、無辜の救済(罪のない人を救い出すこと)にあると言われています。
再審事由は、刑事訴訟法435条1号から7号に規定されています。実務上は、有罪の言渡を受けた者に対して無罪等を言渡すべき「明らかな証拠をあらたに発見したとき」(いわゆる新証拠があるとき)(法435条6号)にほぼ限られています。
何をもって新証拠とするかについて、かっては、有罪判決の根拠を完全に覆す証拠でなければならないと解釈されていたようである。しかし、いわゆる白鳥決定(最高裁判所昭和50年5月20日)において、最高裁判所は、新証拠であるかどうかは、その証拠と他の全証拠とを総合的に評価し、確定判決と同じ事実認定に到達したかを「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判における鉄則の下で判断する旨判示しました。
再審の審理について、現行刑事訴訟法は、必要があるときは事実の取調をすることができると規定(刑事訴訟法445条)するだけで、具体的な審理の方法を規定していません。具体的な審理の方法は、裁判所の裁量に委ねられています。そのため、再審の審理に積極的な裁判所と消極的な裁判所とでは、審理のスピードや内容に大きな違いが生じている(いわゆる「再審格差」)と指摘されています。
裁判所は、再審請求に理由があるときには、再審開始の決定をします(刑事訴訟法448条1項)。地方裁判所の決定に対して、当事者は高等裁判所に不服申し立て(即時抗告)をすることができます。さらに、高等裁判所の決定に対して、当事者は最高裁判所に不服申し立て(特別抗告)をすることができます。
再審開始決定に対して検察官が不服申立てをしなかったとき、及び最高裁判所が再審開始決定を支持する決定をしたとき、再審開始決定が確定します。
再審開始決定が確定すると、やり直しの刑事裁判(再審公判)がなされる(刑事訴訟法451条1項)。再審公判では、被告人が有罪か否かが改めて審理されます。このように再審では、再審請求と再審公判の二段階構造がとられています。再審開始決定が確定したにもかかわらず、再審公判で有罪判決が言い渡されることも、制度上はあり得ます。ところが、実務上は、再審請求の審理が大きなウェイトを占めており、再審請求の手続で審理が尽くされています。再審公判がほぼセレモニーとなっている事件もあります。
刑事訴訟法の再審に関する規定は、長らく改正されておらず、規定の不備が指摘されています。日本弁護士連合会(日弁連)は、2019年10月の人権大会で再審法改正を求める決議を採択し、再審法改正に取り組んできました。2023年2月には具体的な改正案を作成しています。
日弁連が特に重要と考えているのが、

  1. 再審請求手続における証拠開示の制度化
  2. 再審開始決定に対する検察官による不服申立て禁止

です。

再審請求手続における証拠開示の制度化

刑事事件では、捜査機関である警察署と検察庁が証拠を集めます。重大な事件では、証拠の数は膨大なものになります。ところが、刑事裁判では、検察官手持ち証拠のすべては弁護人に開示されません。そのため、ある争点に関して、有罪方向の証拠と無罪方向の証拠があるとき、検察官は、無罪方向の証拠を開示することなく、有罪方向の証拠だけを裁判所に提出することが可能でです。
現在の刑事訴訟法では、裁判員裁判対象事件等の一部の事件では、弁護人に証拠開示請求権が認められており、検察官手持ち証拠の一部が開示されるようになりました。ところが、再審請求手続では、証拠開示に関する規定がありません。検察官に証拠開示をさせるか否かは裁判所の裁量に委ねられていません。
実務上は、裁判所の裁量により広範囲の証拠開示が実現し、開示された証拠が再審開始決定に結びついています。その顕著な例が、2025年7月に再審無罪判決が確定した福井事件です。この事件では、犯人とされてきた前川氏が事件当日に血のついた服を着ていたと複数の知人が供述しており、これらの供述が重要な証拠となっていました。知人の1人は、テレビで歌う女性歌手に男性出演者が密着してダンスをしているシーンを見ていた時に呼び出され、血のついた服を着た前川氏を見た旨証言していました。このシーンが放送されたのは事件当日の1986年3月19日であるという客観的事実との整合が、証言の信用性を高めていた。ところが、再審請求手続で開示された当時の捜査報告書には、このダンスシーンが放映されていたのは3月26日とはっきりと記されていた。検察官は、証人が客観的事実と整合しない証言をしているのを把握していたにもかかわらず、そのことを隠し続けていたのです。
日弁連の改正案では、通常の刑事裁判と同様に、弁護人に証拠開示請求権が認められるべきとしています。

再審開始決定に対する検察官の不服申立ての禁止

地方裁判所の再開開始決定に対して、検察官が高等裁判所に即時抗告をすることができます。このように再審開始決定に対して検察官が不服申立てをできることが、再審請求手続きの長期化の要因になっていると指摘されています。
その例は、2024年10月に再審無罪判決が確定した袴田事件です。2014年3月、静岡地方裁判所は再審開始を決定しました。検察官が即時抗告をし、再審開始決定は確定することなく再審請求手続が続きました。2018年6月、東京高等裁判所は、再審開始決定を取り消す決定をしました。弁護団が特別抗告をし、2020年12月、最高裁判所は、東京高等裁判所の決定を取り消し、東京高等裁判所に審理を差し戻す旨決定しました。2023年3月、差し戻し後の東京高等裁判所は、再審開始決定を支持する決定をしました。制度上はこの決定に対して検察官が特別抗告をすることも可能でしたが、検察官が特別抗告を断念し、再審開始決定が確定しました。再審開始決定が出てから確定するまでの間に、約9年が経過していました。
犯人とされてきた袴田巌氏は、2024年3月の再審開始決定に合わせて拘置の執行停止の決定がなされ、釈放されました。とはいえ、再審開始決定が確定するまでの約9年間、法的な地位は確定死刑囚のままでした。裁判所に判断によっては、拘置の執行停止が取り消され、再び拘置所の確定死刑囚の房に収容されるおそれがある、という極めて不安定な地位にさらされていました。
それでも袴田事件は、最終的に再審開始決定が確定しただけましといえます。名張事件や大崎事件では、一度は裁判所が再審開始を決定したにもかかわらず、検察官の不服申立てにより、再審開始決定が取り消され、再審請求を棄却する決定が確定してしまいました。
日弁連は、再審開始決定に対する検察官の不服申立てを禁止すべきとしています。不服申し立てが禁止されても、再審請求と再審公判の二段階構造がとられている以上、検察官は再審公判で主張を補充して有罪立証をすることができるのですから、特に不都合はありません。

再審法改正の動き

袴田事件の再審開始決定確定等から再審法改正に向けた気運が高まったからか、2024年3月、超党派の議員連盟(会長:柴山昌彦衆議院議員)が発足し、再審法改正に取り組んできました。議連は2025年6月に独自の改正案を衆議院に提出したものの、実質的に審理されることはなく、2026年1月の衆議院解散により廃案になっています。
議連の動きとは別に、2025年3月、法務大臣が法制審議会(法制審)に諮問をしました。法制審再審部会での議論は急ピッチで進められ、2026年2月、法制審総会で改正案が採択され、法務大臣に答申されました。日弁連推薦の委員である鴨志田弁護士は、法制審再審部会を「9か月あまりで18回の会議というのは異例の頻度であり、11月以降は月3回のペースとなって、前の会議の議事録案も出ないうちに次の会議が来るという有様だった。これでは議論が積み上がっていくはずがない」と振り返っています(「法制審再審部会のリアル」季刊刑事弁護126号)。
法制審の改正案は、日弁連の問題意識からかけ離れたものでした。
証拠開示については、裁判所による証拠の提出命令が制度化されます。しかし、証拠の提出命令がなされるのは、「再審の請求の理由に関連すると認められる証拠について」、その関連性の程度、必要性の程度、弊害の内容及び程度を考慮し、相当と認めるときに限られている。
通常の刑事裁判と同様に弁護人に証拠開示請求権が認められることを日弁連は求めていましたが、これは否定されています。そればかりか、「再審の請求の理由に関連すると認められる証拠について」という制限がつくので、従来の実務運用における裁判所の裁量による広範囲な証拠開示も否定されます。従来の実務運用よりも開示される範囲が狭くなってしまいます。
さらに、証拠開示の制度化と引き換えに、開示証拠の目的外利用が禁止され、場合によっては刑事罰の対象になります。開示された証拠を報道機関や支援団体に提供することができなくなり、弁護活動が制約されます。
再審開始決定に対する検察官の不服申立権は温存しています。
このように法制審の改正案は、日弁連の問題意識からかけ離れたものでした。袴田事件の再審無罪等を踏まえて再審法改正の気運が高まり、冤罪被害者を救済するための改正案が作成されるはずでした。ところが、法制審の改正案は、再審開始決定・再審無罪が極力でないようにするための改正案となっているのです。
これには検察庁の意向が強く反映しています。報道機関「弁護士ドットコムニュース」が法制審再審部会委員の選定に関して法務省に開示請求をしたところ、開示された文書から、法務省刑事局長が法制審の委員を事実上選んでいることがわかりました。法務省刑事局長は、検察庁の検事が就くポストです。現に冤罪を産み出している検察庁の意向が反映されるように法制審委員の人選をすることが可能な構造になっているのです。これでは、冤罪被害者を救済するための改正案になるはずがありません。
www.bengo4.com

法務省としては、開催中の特別国会に内閣提出法案として法制審案を国会に提出したいとの意向があります。内閣提出法案として法制審案が提出されれば、今後議連が独自の改正案を提出しても、「閣法優先」の慣習により内閣提出法案が優先して審理されるからです。
自民党では、内閣が法案を提出する前に、自民党の内部手続きを経る必要があります。稲田議員らが叫んでいた会議は、この自民党の内部手続きです。
稲田議員は、弁護士であり、議連のメンバーでもあります。稲田議員ら議連のメンバーは、それまでの会議で、冤罪被害者や不服申立てを禁止すべきと言っている学者のヒアリングをすべき、会議では議連案も配布して法制審案と対比すべき等と意見を述べてきました。ところが、法務省側はこれらの意見をすべて無視しました。この法務省の対応に対する不満が、冒頭の「1ミリも私たちの言うこと聞かないじゃないですか!」という発言になったのです。
2026年5月7日、法務省から修正案が自民党に提示されたと報道されています。不服申立てに関しては、「原則禁止」が明記されるようです。法制審案に反対している自民党の議員も、「原則禁止」が明記されれば法案を了承する方針と報道されています。
検察官の不服申立てが無制限に許されるよりは、「原則禁止」のほうがましとも考えられます。しかし、「原則禁止」が明記されたところで、例外の場合には不服申し立てが可能なのであれば、結局のところ検察官はどうにかして例外の場合にあたると主張して不服申立てをするでしょう。「原則禁止」を明記することは、実務上はほとんど影響がないと思われます。
また、最近の報道では、不服申立禁止に焦点があたっており、証拠開示に関して自民党内でどのような議論があったのかがほとんど報道されていません。証拠開示が適切になされなければ、そもそも再審開始決定がなされません。証拠開示に関しては、法制審案は明らかな「改悪」であり、現在の実務運用のままのほうがましです。
このエントリーを執筆している時点では、自民党内の手続きが決着していません。仮に、自民党内の手続きを経て、内閣が法案を提出しても、国会での議論が控えています。冤罪被害者を救済するための再審法改正を実現できるのか予断を許さない状況が続いています。

袴田事件、無罪判決確定


報道の通り、9月26日、いわゆる袴田事件について、静岡地裁が無罪判決を言渡しました。その後、検察庁が控訴をするかを検討していましたが、10月9日、検察官が上訴権を放棄し、無罪判決が確定しました。事件発生から58年をかけて袴田巖さんの刑事訴訟は終わりました。
静岡地裁の判決は、袴田巖さんが犯人であることを推認させる証拠に「三つのねつ造」があるとしました。「三つのねつ造」とは、

  1. 自白調書(確定判決が唯一採用した検察官面前調書)
  2. 5点の衣類
  3. 端切れ

です。裁判所は、これらの証拠を排除した上で、他の証拠からは巖さんが犯人であるとは認められないとし、無罪判決を言渡しました。
この判決は、

  1. ねつ造の「可能性」や「疑いがある」ではなく、ねつ造があると断定したこと
  2. ねつ造の主体が捜査機関であると認めたこと
  3. 警察によるねつ造を検察官が見抜けなかったのではなく、警察と検察官が連携してねつ造したと認めたこと

から、非常に踏み込んだ判決です。
ところが、「三つのねつ造」以外の争点では、弁護団の主張のほぼすべてが排斥されています。第二次再審請求で特別抗告審までは主要な争点であってDNA鑑定では本田鑑定の信用性が否定されています。他に、「はけないズボン」、裏木戸、くり小刀等の主な争点ですべて弁護団の主張が排斥されています。残っているのは「焼けたお札」くらいでしょうか。
裁判所は、裁判所なりに検討を重ね、検察官の主張も相当程度尊重しています。それでも、この事件では捜査機関によるねつ造があったと認めざるを得なかった、そうでなければこの事件を説明することはできなかった、ということなのでしょう。

ついに開かれた再審公判 無罪判決への道のり

  • このエントリーは、『再審通信』127号(日本弁護士連合会人権擁護委員会編)に寄稿した文章をブログ用に編集したものです。

再審公判までの道のり

2023年10月27日、静岡地裁202号法廷で袴田巖さんに対する第1回再審公判が開かれました。1968年9月11日静岡地裁が袴田巖に対して判決を言い渡してから55年の時を経て、事件の審理は静岡地裁の法廷に戻ってきました。
ここまでの道のりは長かったです。袴田巖さんは1966年6月30日静岡県清水市(当時)のみそ製造会社役員一家4名が殺害された強盗殺人、放火事件の犯人とされ、静岡地裁に死刑判決を言い渡され、1980年12月に死刑判決が確定しました。袴田巖さんは1981年4月に第一次再審請求を申し立てましたが、2008年3月に再審請求棄却が確定しました。このころには袴田巖さんには拘禁症の症状が現れ、弁護人選任届を取得することが困難でした。そのため、2008年4月に袴田巖さんの実姉である袴田秀子さんが第二次再審請求を申し立てました。静岡地裁は、2014年3月27日、再審開始と死刑及び拘置の執行を決定しました。この決定により、東京拘置所に収容された袴田巖さんが釈放されました。ところが、検察官の即時抗告により審理は続き、即時抗告審、特別抗告審、差戻抗告審を経て、検察官が再度の特別抗告申立を断念したことにより、2023年3月21日に再審開始決定が確定しました。
再審開始決定の確定を受け、2023年4月10日、静岡地裁三者協議が実施されました。この席上で検察官は、再審公判の方針を定めるまでに3か月を要すると回答しました。しかし、検察官は、差戻抗告審の決定がでた後に特別抗告をするかを慎重に検討し、その上で特別抗告をしないと判断しているのであり、今更3か月間もかけて方針を検討する必要はないはずです。弁護団は抗議をしましたが、その後の打合せでも、検察官は7月10日までは方針に関しては言及しないという対応を頑として変えませんでした。
2023年7月10日、検察官は、再審公判で有罪立証の方針をとることを明らかにしました。それとともに、再審公判で新たに証拠取調請求を予定している証拠16点を開示しました。これらの証拠は、「5点の衣類」の血痕の色に関する証拠であり、法医学者7名の連名による共同鑑定書等でした。
「5点の衣類」は、犯人の犯行着衣であり、袴田巖さんのものとされたきた人血が付着した衣服であり、本件の犯人性に関する重要な証拠です。差戻抗告審では「5点の衣類」の血痕の色が主な争点になっていました。「5点の衣類」の発見状況からすると、「5点の衣類」が犯人の犯行着衣であり、袴田巖さんのものであれば、発見されるまでに1年以上みそに漬かっていたことになります。弁護団は、みそ漬け実験や法医学者の鑑定により、実際に1年以上みそに漬かった場合、血痕は黒くなり、実際の「5点の衣類」のように血痕に赤みが残ることはないことを明らかにしました。その結果、差戻抗告審の東京高裁は、「5点の衣類」を捜査機関がねつ造した可能性にまで言及し、再審開始決定を支持しました。
検察官が新たに開示した共同鑑定書は、実際にみそ漬け実験を行っておらず、1年以上みそ漬けにしても血痕に赤みが残る可能性があるという抽象的な可能性論を述べているにすぎません。それ以外の証拠を踏まえても、検察官が行おうとしていることは実質的には差戻抗告審の審理の蒸し返しにすぎませんでした。
 弁護団は検察官の方針に抗議しましたが、裁判所からも審理計画を立てて公判期日を指定したいとの打診があったことから、やむなく検察官が有罪立証をすることを前提に審理計画を立てることに応じることとなりました。

再審公判をどのように進めるのか

刑事訴訟法は、再審公判について「その審級に従い、更に審判をしなければならない」(法451条1項)とだけ定めており、何をどのように審理するのかは解釈に委ねられています。講学上は、全く新たに審理する考え方(覆審説)と確定審の経過を受けて更に審理をする考え方(続審説)があり、近時の実務では続審的運用が主流となっています。裁判所は、実務の主流に従って、確定審の審理の結果を弁論の更新で引き継ぐ方針でした。
確定審の地裁、東京高裁では膨大な書証と人証が取り調べられていました。その中には、現在から見直してみると、必要性が乏しい証拠も少なくありません。裁判所としては、弁論更新のときに証拠を一部排除(規則213条の2第3号ただし書き)し、ある程度証拠を絞りたかったようです。これに対して、弁護団は、単に無罪判決が言い渡されるだけではなく、不当な証拠によって誤った有罪判決が言い渡されたことも再審公判で明らかにすべく、一部排除には反対する方針をとり、すべての証拠を取り調べられることになりました。
第一次再審請求と第二次再審請求の証拠は、公開法廷での取調を経ておらず、弁論更新では引き継げないため、検察官と弁護人が改めて証拠取調請求する必要があります。再審公判も公判ですから、伝聞法則が適用されません。しかし、ここで当事者が伝聞性を争って不同意とすると、収拾が付かなくなります。そこで、検察官と弁護団は、第一再審請求と第二次再審請求で提出済の証拠について、お互いに原則として同意はする(信用性を争うに留める)ことになりました。
再審開始決定確定後の証拠は、通常の公判通りに取り扱います。必然的に、再審公判で鑑定人尋問が行われることになります。
証拠調べの方法も議論になりました。弁護団としては、確定審で取調済の証拠については、通常の弁論更新の時のように「従前の主張立証の通り」でよいのではないかと考えていたのですが、裁判所が難色を示しました。結局、争点ごとに冒頭陳述と要旨の告知を行うこととし、裁判員裁判に準じて法廷でプレゼンを行うことになりました。
第二次再審請求審の請求人は、袴田巖さんの実姉であり保佐人である袴田秀子さんです。しかし、再審公判では当事者は被告人である袴田巖さんであり、袴田秀子さんは当事者ではありません。そこで、袴田秀子さんを刑事訴訟法上の補佐人(法42条)として届け出ました。これによって、袴田秀子さんが在廷し、訴訟行為をすることができます。
被告人である袴田巖さんは、拘禁症が治癒しておらず、出廷することが困難でした。裁判所は、主治医の診断書等の提出を受け、浜松の裁判所で担当裁判官と袴田巖さんとの面談を実施した上で、袴田巖さんの出頭義務を免除(法452条3項)することとなりました。
このような準備を経て、第1回再審公判を迎えました。

再審公判の審理

2023年10月27日、第1回再審公判当日の静岡地裁は厳戒態勢がとられ、本件以外の期日は入っていませんでした。静岡地裁の庁舎内にいたのは、裁判所職員と本件の関係者と傍聴人だけでした。傍聴人には、入廷前に手荷物検査が行われ、スマートフォン等は裁判所に職員に預けていたようです。
開廷すると、裁判長が起訴から再審開始決定確定までの審理経過を口頭で説明しました。続いて、検察官が昭和42年9月6日付け起訴状を朗読しました。これに対して、補佐人である袴田秀子さんと弁護人の被告事件に対する陳述が行われ、袴田巖さんが犯人ではなく、無罪である旨を述べました。
次に、弁論更新の手続が行われ、確定審で取調べ済みのすべての証拠が職権で取り調べられました。
その後は、各争点ごとに検察官の冒頭陳述、要旨の告知、弁護人の冒頭陳述、要旨の告知が順に行われてきました。
第1回再審公判後、公判は、およそ1か月に2期日の頻度で行われてきました。本稿執筆時点(2024年3月)では、2024年2月15日第9回公判が行われ、(DNA鑑定関係を除き)ほとんどの書証の取り調べを終えました。
法廷での検察官と弁護人の立証は、裁判員裁判に準じて行われており、事前のスケジュールに従って淡々と行われてきました。確定審で取調べ済みの証拠は弁論の更新のときに職権で取り調べているため、本来であれば改めて法廷で取り調べる必要はないはずですが、争点との関係で必要なものは改めてプレゼンのときに言及されています。続審的運用といいながら、実際に法廷で行われていることは覆審に近いです。
今後の予定では、2024年3月25日から27日の公判で「5点の衣類」の血痕の色に関する鑑定人尋問が実施されます。この期日が再審公判の山場になります。
その後は、4月17日と4月24日の公判で双方が主にDNA鑑定に関する立証を行います。そして、5月22日に弁論期日が行われ、結審します。

再審請求と再審公判のあるべき姿は?

実際に再審公判を体験してみると、再審公判でここまで時間をかけて審理をする必要があるのかは疑問があります。再審請求において再審開始決定が簡易・迅速に出される運用であれば、再審公判に時間をかけることは理解できます(その場合は、再審公判で有罪判決が出される事件もでてくるでしょう。)。しかし、現実の再審請求の運用では、本件の第二次再審請求だけでも15年間を要したように、再審請求審の審理が長期化しており、その間に検察官には弁護人の主張に対して反論する機会が十分すぎる程与えられています。その再審請求審を経て再審開始決定が確定しておきながら、さらに検察官が新たな証拠を持ちだして有罪立証をし、再審公判期日を重ねていくことが妥当なのでしょうか。冤罪を晴らすためには、高い壁を何回超えなければならないのでしょうか。
2024年3月時点で袴田巖さんは88歳、袴田秀子さんは91歳になりました。2人に残された時間は決して長くはありません。
弁護団でも、2024年1月7日に弁護団長の西嶋勝彦弁護士が亡くなりました。検察官が有罪立証をとらなければ、再審公判の審理が違っていれば、無罪判決を見届けることができたのではないかと思わざるを得ません。
弁護団としては、5月の結審に向けて万全の準備を進め、裁判所に対して結審後速やかに無罪は決を言い渡すこと、及び検察官に対して無罪判決に対して控訴をしないことと求めていきます。

袴田事件再審開始決定の確定

報道の通り、検察庁が特別抗告を断念し、2023年3月21日0時00分特別抗告期間の経過をもって再審開始決定が確定しました。1981年10月に再審請求を申立ててから41年半、2008年4月に第二次再審請求を申立ててからでも17年の時を経て、再審開始決定が確定しました。
3月13日に東京高裁の決定がでてからは、支援団体はもとより、報道機関、各地の弁護士会等が検察庁に対して特別抗告の断念を求めてくれました。ウェブ上でも動きがあり、弁護団の戸舘弁護士が始めたオンライン書面は短期間で3万8000名を超す署名を集めました。こうした世論の動きが後押しになったと思います。
www.change.org
再審開始決定は確定しましたが、本番の再審公判はこれからです。「無罪の公算大」等と報道されてはいますが、現時点では再審公判で検察官がどのように対応するのかが明らかにされておらず、まだ予断を許さない状況です。

袴田事件即時抗告審決定

3月13日、袴田事件について、差戻後の即時抗告審の決定がなされました。差戻後の東京高等裁判所は、静岡地方裁判所の再審開始決定を支持し、検察官の即時抗告を棄却する決定をしました。
差戻後の即時抗告審では、味噌漬けになった血痕の色の問題が唯一の争点になっていました。東京高等裁判所は、弁護団の主張をほぼ全面的に認め、弁護団が提出したみそ漬け報告書は「1年以上みそ漬けされた5点の衣類の血痕には赤みが残らないことを認定できる新証拠といえる」とし、再審開始決定を支持しました。さらに、「ねつ造」という表現こそ避けていますが、「5点の衣類については、事件から相当期間経過した後に、A(※袴田巌さん)以外の第三者が1号タンク内に隠匿してみそ漬けにした可能性が否定できず(この第三者には捜査機関も含まれ、事実上捜査機関の者による可能性が極めて高いと思われる。)」という、捜査機関のねつ造があったことをほぼ認めました。弁護団からすると完全勝利といってよい内容です。
今後の関心は、検察官が特別抗告をするかに移っています。弁護人としては、検察官が特別抗告をして徒に再審開始決定の確定を遅らせることなく、再審公判に移行されることを願いします。検察官の立場から捜査機関によるねつ造という事実を受け入れ難いとしても、それは再審公判で主張するべきです。