弁護士加藤英典のブログ

埼玉県所沢市の弁護士のブログです。

ついに開かれた再審公判 無罪判決への道のり

  • ※このエントリーは、『再審通信』127号(日本弁護士連合会人権擁護委員会編)に寄稿した文章をブログ用に編集したものです。

再審公判までの道のり

2023年10月27日、静岡地裁202号法廷で袴田巖さんに対する第1回再審公判が開かれました。1968年9月11日静岡地裁が袴田巖に対して判決を言い渡してから55年の時を経て、事件の審理は静岡地裁の法廷に戻ってきました。
ここまでの道のりは長かったです。袴田巖さんは1966年6月30日静岡県清水市(当時)のみそ製造会社役員一家4名が殺害された強盗殺人、放火事件の犯人とされ、静岡地裁に死刑判決を言い渡され、1980年12月に死刑判決が確定しました。袴田巖さんは1981年4月に第一次再審請求を申し立てましたが、2008年3月に再審請求棄却が確定しました。このころには袴田巖さんには拘禁症の症状が現れ、弁護人選任届を取得することが困難でした。そのため、2008年4月に袴田巖さんの実姉である袴田秀子さんが第二次再審請求を申し立てました。静岡地裁は、2014年3月27日、再審開始と死刑及び拘置の執行を決定しました。この決定により、東京拘置所に収容された袴田巖さんが釈放されました。ところが、検察官の即時抗告により審理は続き、即時抗告審、特別抗告審、差戻抗告審を経て、検察官が再度の特別抗告申立を断念したことにより、2023年3月21日に再審開始決定が確定しました。
再審開始決定の確定を受け、2023年4月10日、静岡地裁三者協議が実施されました。この席上で検察官は、再審公判の方針を定めるまでに3か月を要すると回答しました。しかし、検察官は、差戻抗告審の決定がでた後に特別抗告をするかを慎重に検討し、その上で特別抗告をしないと判断しているのであり、今更3か月間もかけて方針を検討する必要はないはずです。弁護団は抗議をしましたが、その後の打合せでも、検察官は7月10日までは方針に関しては言及しないという対応を頑として変えませんでした。
2023年7月10日、検察官は、再審公判で有罪立証の方針をとることを明らかにしました。それとともに、再審公判で新たに証拠取調請求を予定している証拠16点を開示しました。これらの証拠は、「5点の衣類」の血痕の色に関する証拠であり、法医学者7名の連名による共同鑑定書等でした。
「5点の衣類」は、犯人の犯行着衣であり、袴田巖さんのものとされたきた人血が付着した衣服であり、本件の犯人性に関する重要な証拠です。差戻抗告審では「5点の衣類」の血痕の色が主な争点になっていました。「5点の衣類」の発見状況からすると、「5点の衣類」が犯人の犯行着衣であり、袴田巖さんのものであれば、発見されるまでに1年以上みそに漬かっていたことになります。弁護団は、みそ漬け実験や法医学者の鑑定により、実際に1年以上みそに漬かった場合、血痕は黒くなり、実際の「5点の衣類」のように血痕に赤みが残ることはないことを明らかにしました。その結果、差戻抗告審の東京高裁は、「5点の衣類」を捜査機関がねつ造した可能性にまで言及し、再審開始決定を支持しました。
検察官が新たに開示した共同鑑定書は、実際にみそ漬け実験を行っておらず、1年以上みそ漬けにしても血痕に赤みが残る可能性があるという抽象的な可能性論を述べているにすぎません。それ以外の証拠を踏まえても、検察官が行おうとしていることは実質的には差戻抗告審の審理の蒸し返しにすぎませんでした。
 弁護団は検察官の方針に抗議しましたが、裁判所からも審理計画を立てて公判期日を指定したいとの打診があったことから、やむなく検察官が有罪立証をすることを前提に審理計画を立てることに応じることとなりました。

再審公判をどのように進めるのか

刑事訴訟法は、再審公判について「その審級に従い、更に審判をしなければならない」(法451条1項)とだけ定めており、何をどのように審理するのかは解釈に委ねられています。講学上は、全く新たに審理する考え方(覆審説)と確定審の経過を受けて更に審理をする考え方(続審説)があり、近時の実務では続審的運用が主流となっています。裁判所は、実務の主流に従って、確定審の審理の結果を弁論の更新で引き継ぐ方針でした。
確定審の地裁、東京高裁では膨大な書証と人証が取り調べられていました。その中には、現在から見直してみると、必要性が乏しい証拠も少なくありません。裁判所としては、弁論更新のときに証拠を一部排除(規則213条の2第3号ただし書き)し、ある程度証拠を絞りたかったようです。これに対して、弁護団は、単に無罪判決が言い渡されるだけではなく、不当な証拠によって誤った有罪判決が言い渡されたことも再審公判で明らかにすべく、一部排除には反対する方針をとり、すべての証拠を取り調べられることになりました。
第一次再審請求と第二次再審請求の証拠は、公開法廷での取調を経ておらず、弁論更新では引き継げないため、検察官と弁護人が改めて証拠取調請求する必要があります。再審公判も公判ですから、伝聞法則が適用されません。しかし、ここで当事者が伝聞性を争って不同意とすると、収拾が付かなくなります。そこで、検察官と弁護団は、第一再審請求と第二次再審請求で提出済の証拠について、お互いに原則として同意はする(信用性を争うに留める)ことになりました。
再審開始決定確定後の証拠は、通常の公判通りに取り扱います。必然的に、再審公判で鑑定人尋問が行われることになります。
証拠調べの方法も議論になりました。弁護団としては、確定審で取調済の証拠については、通常の弁論更新の時のように「従前の主張立証の通り」でよいのではないかと考えていたのですが、裁判所が難色を示しました。結局、争点ごとに冒頭陳述と要旨の告知を行うこととし、裁判員裁判に準じて法廷でプレゼンを行うことになりました。
第二次再審請求審の請求人は、袴田巖さんの実姉であり保佐人である袴田秀子さんです。しかし、再審公判では当事者は被告人である袴田巖さんであり、袴田秀子さんは当事者ではありません。そこで、袴田秀子さんを刑事訴訟法上の補佐人(法42条)として届け出ました。これによって、袴田秀子さんが在廷し、訴訟行為をすることができます。
被告人である袴田巖さんは、拘禁症が治癒しておらず、出廷することが困難でした。裁判所は、主治医の診断書等の提出を受け、浜松の裁判所で担当裁判官と袴田巖さんとの面談を実施した上で、袴田巖さんの出頭義務を免除(法452条3項)することとなりました。
このような準備を経て、第1回再審公判を迎えました。

再審公判の審理

2023年10月27日、第1回再審公判当日の静岡地裁は厳戒態勢がとられ、本件以外の期日は入っていませんでした。静岡地裁の庁舎内にいたのは、裁判所職員と本件の関係者と傍聴人だけでした。傍聴人には、入廷前に手荷物検査が行われ、スマートフォン等は裁判所に職員に預けていたようです。
開廷すると、裁判長が起訴から再審開始決定確定までの審理経過を口頭で説明しました。続いて、検察官が昭和42年9月6日付け起訴状を朗読しました。これに対して、補佐人である袴田秀子さんと弁護人の被告事件に対する陳述が行われ、袴田巖さんが犯人ではなく、無罪である旨を述べました。
次に、弁論更新の手続が行われ、確定審で取調べ済みのすべての証拠が職権で取り調べられました。
その後は、各争点ごとに検察官の冒頭陳述、要旨の告知、弁護人の冒頭陳述、要旨の告知が順に行われてきました。
第1回再審公判後、公判は、およそ1か月に2期日の頻度で行われてきました。本稿執筆時点(2024年3月)では、2024年2月15日第9回公判が行われ、(DNA鑑定関係を除き)ほとんどの書証の取り調べを終えました。
法廷での検察官と弁護人の立証は、裁判員裁判に準じて行われており、事前のスケジュールに従って淡々と行われてきました。確定審で取調べ済みの証拠は弁論の更新のときに職権で取り調べているため、本来であれば改めて法廷で取り調べる必要はないはずですが、争点との関係で必要なものは改めてプレゼンのときに言及されています。続審的運用といいながら、実際に法廷で行われていることは覆審に近いです。
今後の予定では、2024年3月25日から27日の公判で「5点の衣類」の血痕の色に関する鑑定人尋問が実施されます。この期日が再審公判の山場になります。
その後は、4月17日と4月24日の公判で双方が主にDNA鑑定に関する立証を行います。そして、5月22日に弁論期日が行われ、結審します。

再審請求と再審公判のあるべき姿は?

実際に再審公判を体験してみると、再審公判でここまで時間をかけて審理をする必要があるのかは疑問があります。再審請求において再審開始決定が簡易・迅速に出される運用であれば、再審公判に時間をかけることは理解できます(その場合は、再審公判で有罪判決が出される事件もでてくるでしょう。)。しかし、現実の再審請求の運用では、本件の第二次再審請求だけでも15年間を要したように、再審請求審の審理が長期化しており、その間に検察官には弁護人の主張に対して反論する機会が十分すぎる程与えられています。その再審請求審を経て再審開始決定が確定しておきながら、さらに検察官が新たな証拠を持ちだして有罪立証をし、再審公判期日を重ねていくことが妥当なのでしょうか。冤罪を晴らすためには、高い壁を何回超えなければならないのでしょうか。
2024年3月時点で袴田巖さんは88歳、袴田秀子さんは91歳になりました。2人に残された時間は決して長くはありません。
弁護団でも、2024年1月7日に弁護団長の西嶋勝彦弁護士が亡くなりました。検察官が有罪立証をとらなければ、再審公判の審理が違っていれば、無罪判決を見届けることができたのではないかと思わざるを得ません。
弁護団としては、5月の結審に向けて万全の準備を進め、裁判所に対して結審後速やかに無罪は決を言い渡すこと、及び検察官に対して無罪判決に対して控訴をしないことと求めていきます。