弁護士加藤英典のブログ

埼玉県所沢市の弁護士のブログです。

有罪率99.9%?

「99.9 刑事専門弁護士」

17日からTBSでドラマ「99.9 刑事専門弁護士」が始まりました。同業者の間でも話題になっています。
www.tbs.co.jp
私も第1話を視聴しましたが、日本のテレビドラマにしてはめずらしく尋問のシーン等がしっかりと作られているのに感心しました。著名な高野隆弁護士らが取材協力をなさっていると視聴後に知り、納得しました。

有罪率99.9%?

ちょっと気になっているのが、この番組のタイトルです。タイトルの「99.9」は、日本の刑事裁判の有罪率の高さを示しています。この数字からは、日本の刑事裁判では、弁護人の主張がほとんど認められないようにも見えます。作中でも、自分は犯人ではないと供述するクライアントが起訴され、事務所内で弁護方針をめぐって議論をする中で、有罪率が99.9%の日本の刑事裁判では争っても勝ち目はないのだから、罪を認めたうえで情状弁護をした方がクライアントの利益になる、という意見が述べられる場面もありました。
現実では、2014(平成24)年の司法統計によれば、2014年に地裁で言い渡された終局判決の内、有罪判決は5万1389件です。これに対して、無罪判決はわずか109件です。有罪率99.9%は言い過ぎですが、ほとんどが有罪判決で、無罪判決の割合はごく僅かです。
ですが、無罪判決が少ないからといって、弁護人の主張がほとんど認められないというわけではありません。

多くの刑事裁判は自白事件

そもそも、弁護人が法廷で事実関係を争うこと自体が少ないのです。
刑事裁判の多くは、事実関係に争いのない事件(自白事件)です。事実関係を争う事件(否認事件)は少ないのです。ほとんどの自白事件では、捜査段階から被疑者自身が罪を認めており、事実関係を争う必要がないのです。弁護人としては、有罪になることを前提に、できる限り刑が軽くなるように弁護活動をします。この場合、無罪判決にはなりようがありません。

否認事件が無罪主張とは限らない

否認事件でも、無罪主張をするとは限りません。
例えば、被告人が殺意をもって被害者をナイフで刺して負傷させたという事実で殺人未遂罪で起訴されたとします。被告人が、自分の持っていたナイフが被害者を刺さって負傷させたという限りでは認めながらも、被害者にナイフを突き付けて脅そうとしたら被害者の抵抗にあって誤ってナイフが被害者に刺さってしまったのであり、ナイフを被害者に刺すつもりはなかった等と弁解したとします。この場合、裁判では被告人に殺意があったのかが争点になります。殺意の存在に合理な疑いをいれる余地があれば、被告人は殺人未遂罪ではなく傷害罪で有罪判決を言渡されます(認定落ち)。このような場合、弁護人の主張が全面的に認められても無罪判決にはなりません。

なんちゃって否認事件もある

無罪主張をする事件でも、勝ち目がある事件とは限りません。
弁護人が無罪主張をしている事件でも、本気で無罪判決を狙える事件とは限らないのです。被告人の中には色々な人がいまして、その中には、客観的な証拠が揃っており、誰がどう見ても被告人が犯人であることが明らかであるにもかかわらず、自分は犯人ではない等と不合理な弁解する被告人もいます。この場合、弁護士の判断で被告人の意向に反して犯人であると認めることは、弁護士の倫理では許されません。被告人が自分は犯人ではないと弁解している以上、弁護人は内心でどのように考えていようと法廷では無罪主張をします。このような事件を自虐的に「なんちゃって否認事件」と呼ぶ弁護士もいます。当然有罪判決になります。

有罪率99%の意味

ドラマや映画でしか刑事裁判を知らない方は、刑事裁判というと何となく弁護人が無罪主張をする事件を想像するかもしれませんが、実際には無罪主張をする事件は少ないのです。弁護士の中には、「何年も刑事事件をやっているけれど、1回も無罪主張をしたことがない」と言う方もいます。しかも、無罪主張をする事件の中でも、弁護士の目から見て勝ち目がある事件はさらに少ないのです。弁護人が無罪主張し、勝ち目がある事件となると、事件数は相当少なくなると思います。その中で無罪判決となると全体の1%を下回るのです。
個々の判決を検討すると、弁護人の主張がなかなか認められず、裁判所の判断は検察官寄りではないかと思うことはあります。それは刑事事件に関わる弁護士であれば、多かれ少なかれ感じていることでしょう。ですが、それはあくまでも個々の判決の積み重ねからであって、統計で全体の99%以上が有罪判決だからというわけではありません。

「望むのは死刑ですか 考え悩む”世論”」

2月3日にドキュメンタリー映画「望のは死刑ですか 考え悩む”世論”」の上映会(埼玉弁護士会主催)に参加してきました。
nozomu-shikei.wix.com
映画のもとになっているのは、2015年に日本で実施された審議型意識調査です。
日本国は死刑制度を存置しており、その根拠として、世論調査において国民の8割が死刑制度存置に賛成していること等を挙げています。ところが、この世論調査については、アンケートの質問文が不適切であり、死刑制度存置が多数になるように誘導している等の批判があります。
劇中の審議型意識調査では、無作為で選出された参加者を会場に集め、死刑制度に関する情報を与え、存置派・廃止派を交えて議論をし、熟慮を経た上で、改めて死刑制度の存廃についての意見を回答してもらいます。このような方法で、何が本当の国民の意見なのかを考えていくのです。
参加者の中には、議論の中で自らの意見を変える方もいました。また、中には頑なに自らの意見を変えようとしない方もいました。映画では、そうした一人一人の参加者を丁寧に記録しています。
参加者の内何名かはわずか2日間の調査の間に意見を変えており、アンケートによる世論調査の結果が移ろいやすいものであることがうかがえました。その一方で、参加者全体で見てみると、存置・廃止の意見の割合は調査前と調査後とでほとんど変わっていないという結果になりました。私もなんとなく「死刑制度に関する十分な情報が与えられれば、廃止に傾く」と思っていたのですが、そんなに単純な話ではないようです。
審議型意識調査という調査方法が日本ではなじみが薄いということもあり、非常に興味深かったです。弁護士会の会長声明等で「死刑制度廃止に向けた国民的議論をすべき」と書かれていると、何をもって国民的議論とするのかがピンとこなかったのですが、ヒントになったような気がします。
映画は、2月11日から各地の劇場で上映されています。

法廷傍聴ガイド

先日、知人が「裁判の傍聴をしてみたいが、何をどうしたらよいのかわからない」と言うので、東京の裁判所で待ち合わせをして、法廷傍聴の案内をしました。
知人のような方が他にもいるかもしれないと思い、簡単な法廷傍聴の案内を書いてみます。
なお、以下の案内は東京の裁判所(東京地方裁判所本庁)で傍聴することを前提に書いています。裁判所の実情は各裁判所で微妙に異なります。

どこに行けばよいの?

東京の裁判所は、地下鉄霞が関駅が最寄り駅です。霞が関駅を降りたら、A1出口から地上に出てください。A1出口を出て、1分程あるけば、東京の裁判所の正門があります。正門付近には人が集まって、ビラを配ったり、スピーカーを手に声を張り上げているので、すぐにわかると思います。

いつ行けばよいの?

東京の裁判所であれば、平日の何曜日に行っても構いません。
午前中の公判は午前10時開廷または午前11時開廷のことが多いので、可能であれば午前10時少し前に裁判所に着いた方がよいです。午後であれば、昼休み明けの早い時間に着いた方がよいです。

予約は要らないの?どの事件でも傍聴できるの?

事前予約は不要です。公開法廷ですから、原則としてどの事件も自由に傍聴できます。
例外は、傍聴券配布事件です。マスコミで大きく報道されている事件のように、傍聴希望者が多数になることが予想される事件は、傍聴券配布事件になります。この場合、事前に傍聴希望者を募って抽選を行い、当選した人に傍聴券を配布して、傍聴券を持っている人だけが傍聴できます。どのような事件が傍聴券配布事件になっているかは、各裁判所のホームページ等で事前に確認できます。

どんな服装で行けばよいの?

仕事で傍聴するわけではないのですから、スーツで行く必要はありません。私服で構いません。とはいえ、法廷は厳粛な場ですから、奇抜な服装や余りにもラフな服装は避けた方がよいでしょう。

裁判所に入るときの注意は?

東京の裁判所では、一般の方が建物内に入るときに手荷物検査があります。空港で飛行機に乗る前に受ける検査をイメージしてください。スムーズに入るために、余分な手荷物は持ってこない方がよいでしょう。

どのように事件を選ぶの?

裁判所に入ると広いロビーになっています。ロビのー奥にカウンターのような場所があり、そこに当日の開廷表一覧が置かれています。開廷表には、どの法廷でどのような事件の期日が行われるのかが記載されています。
開廷表一覧はいくつかあるのですが、初めてであれば東京地方裁判所刑事の開廷表を探して、その中で事件を探すとよいでしょう。

どんな事件を選べばよいの?

開廷表には、開始時刻・終了時刻、事件番号・事件名、被告人の氏名、審理予定、担当部係等が記載されています。
事件名を見れば、どのような事件なのかがおおよそわかります。関心がある事件を探してください。
審理予定を見れば、その事件の進行状況がわかります。「新件」は、その日が第1回公判期日ということです。「審理」は、第2回以降の公判期日で、前回の続きを審理するということです。「判決」は、既に審理を終えており、裁判所が被告人に対して判決を言渡すということです。初めてであれば、「新件」の事件を傍聴するとよいでしょう。
開始時刻・終了時刻を見て、どの事件を傍聴するのか当日の予定をたて、その場でメモをした方がよいでしょう。

法廷へ移動するには?

開廷表で事件を選んだら、法廷に向かってください。ロビーの奥に館内の案内がありますから、参考にしてください。
東京の裁判所では、法廷は上の階にありますから、エレベーターで上の階に上がります。時間帯によってはエレベーターがかなり混み合いますから、目当ての事件があるのであれば、時間には余裕をもって移動してください。
目的の階に着くと、エレベーターを降りたところにフロアマップがありますから、目的の法廷を探してください。各法廷の入口付近には開廷表がありますから、目当ての事件があるのか確認してください。
法廷の入口は、「検察官・弁護人用」の入口と「傍聴人用」の入口があります。「傍聴人用」の入口から入ってください。
入口のドアには小窓があります。小窓を開けると、法廷の中の様子を見ることができます。
開廷まで時間があるようですと、入口のドアに鍵がかかったままで、中に入れないことがあります。法廷の近くに一般用待合室がありますから、そこでお座りになってお待ちください。

法廷で気をつけることは?

法廷に入り、傍聴席に座ってください。空いている席がないときは、残念ながらその事件の傍聴はできません。立ち見は禁止されています。空いていれば、どこの席に座ってもよいことです。
法廷では携帯電話の音が鳴らないようにしてください。法廷内ではバイブレーションの音が響きますから、通常のマナーモードにするのではなく、サイレントマナーモードにするのか、電源をオフにしてください。
開廷前に裁判が入廷したときと閉廷するときには、傍聴人も起立して正面に礼をすることになっています。よくわからないときには、裁判所書記官の動きに合わせてください。
法廷では録音録画は禁止されています。メモをとることは構いません。また、法廷内の様子をスケッチすることは構わない。
法廷内では私語が禁止されています。一緒に行っている人と話すときには、ひそひそ声で話し、審理の邪魔にならないようにしてください。

食事や買物をするときは?

東京の裁判所は地下に食堂や喫茶室があります。エレベーターで地下に降りて、ご利用ください。先程まで法廷で見かけた裁判官や弁護士が近くのテーブルで食事していることもあります。
地下には、コンビニ(ファミリーマート東京高等裁判所店内店)もあります。

開廷表のこと

裁判所の廊下には、開廷表が張り出されています。その日に裁判所で行われる期日の事件名や当事者名が記載されているのです。本来は、裁判所に出頭した代理人や当事者に対して、この手続はこの法廷でやる、ということを案内するためのものです。私は、特に理由はないのですが、出頭した際には開廷表をざっと眺めています。
私が弁護士になりたてのころは、過払金の事件が多かったです。その日の期日の半分以上が過払金の事件ということもめずらしくありませんでした。最近は、過払金の事件はぐっと少なくなり、1日に1~2件あるかないかぐらいになりました。
最近になって増えたように思えるのは、交通事故事件です。当事者の権利意識の高まりなのか、損保会社が保険金を値切っているということが周知されてきたのか、請求額がそれほど大きくない事件でも訴訟になっている件が見られます。
地元の裁判所では、当事者名だけでなく代理人名も記載されることになっていますので、「○○先生はこんな事件をやっているのか。大変そうだな。」ということもあります。変わったところでは、原告本人が地元の弁護士で、事件名が弁護士費用等請求事件ということもありました。「××先生は依頼者に弁護士費用を踏み倒されたのか」と密かに××先生に同情しました。

『袴田巌 夢の間の世の中』

私が弁護団員をしている袴田事件を題材にした映画「袴田事件 夢の間の世の中」が2016年2月から各地の映画館で公開されます。
www.youtube.com
釈放後の袴田巌さんとお姉さん(袴田秀子さん)の日常を撮影したドキュメンタリー映画です。
私も関係者向けの試写会で見せていただきましたが、浜松での巌さんの生活の様子やその中で巌さんの表情が徐々に明るくなっている様子には感慨深いものがありました。
映画は、巌さんや秀子さんのキャラクターの面白さにあふれていました。再審事件を題材にした映画だというのに、なぜか試写会では観客席から笑い声があがっていました。
劇中の後半、巌さんが後楽園ホールでボクシングを観戦したとき、予定になかったのにリングにあがりだす場面がありました。やはり巌さんにとってボクシングは特別な思いがあるのでしょうか。
それを見ていて思い出したのが、再審開始決定の翌日のことです。その日、私は巌さんが宿泊していたホテルから都内の病院に移動し、入院の手続をとるのに付添っていました。私達弁護団員や支援者の方が巌さんに話しかけても、巌さんには反応らしい反応がなく、47年以上に渡って拘束されたきた傷の深さが感じられました。ところで、この日、秀子さんはボクシング関係のイベントに参加しており、病院への到着が遅れていました。私は、病室の巌さんに「ボクシング協会の人にはお世話になったから、元気になったら、巌さんもお礼に行きましょうね」と話かけました。巌さんは「ボクシング」という言葉に反応し、しばらく考え込む様子をした後、「ボクシングはいい。ボクシングをやると根性がつく」と呟きました。私は、ボクシングのことには反応するのか、ボクシングというとまず「根性」という言葉がでてくるのはさすが年間試合数の日本記録保持者*1だ、と感心したものです。
あの再審開始決定翌日の巌さんと劇中後半の巌さんを比べると、人間の心は47年以上の身体拘束による傷からもここまで回復できるものなのかと驚きます。
弁護団員としては、多くの方々にこの映画を見ていただき、この巌さんを再び東京拘置所の確定死刑囚の房に連れ戻すことは許されるのか、現在も東京高裁で継続中のこの事件のことに思いを馳せていただきたいと思います。

*1:袴田巌さんは、1960年に年間19試合(13勝)をしています。この記録は現在でも年間試合数の日本記録です。現在は選手の安全管理のため試合の間隔を空けていますから、今後も破られることがないでしょう。