弁護士加藤英典のブログ

埼玉県所沢市の弁護士のブログです。

「痴漢を疑われたら逃げろ」は正しいのか?

「痴漢を疑われたら逃げろ」?

報道によれば、5月12日未明、JR京浜東北線の車内で痴漢を疑われた男性が、上野駅構内から逃走し、駅付近のビルから転落して死亡した、とのことです。逃走中に誤って転落したのか自殺を図ったのかは判明していません。
最近、電車内で痴漢を疑われた男性が逃走してトラブルになっている事案がいくつも報道されていましたが、今回は被疑者の死亡という最悪の結果を迎えてしまいました。
痴漢事件については、ウェブ上で「痴漢を疑われた逃げろ」という対策が広まっています。痴漢を疑われた男性が逃走してトラブルになる事案が続いているのには、ウェブ上の情報が原因とも言われています。
しかし、私には「痴漢を疑われたら逃げろ」が適切な対応とは思えません。
考えられるリスクは、現場から逃走することによって、痴漢とは別の犯罪になってしまうおそれがあることです。逃走の際に被害者や駅員等の周囲の人と接触して負傷させてしまうと、傷害罪になるおそれがあります。また、逃走中に線路内に立ち入ってしまうと、鉄道営業法違反になります。
元検事の中村勉弁護士は、逃走することのリスクとして、勾留される、保釈請求が却下される、有罪の状況証拠になってしまうという3つのリスクを挙げています。
痴漢で逮捕されたとき,弁護士は何をしてくれるのか?|刑事事件に強い元検事弁護士が強力対応
「痴漢を疑われた逃げろ」は、リスクがあり、適切な対応とは思えません。

「痴漢を疑われたら逃げろ」の出所は?

ウェブ上で「痴漢を疑われた逃げろ」という対策が広まっているのは、テレビのバラエティ番組が出所のようです。
2008年4月27日放送の「行列ができる法律相談所」で「電車の中で痴漢に間違えられたらどう行動すべきか?」というテーマで4人の弁護士がコメントをしました。私は当時の番組を見ていないのですが、番組の内容がウェブに残っています。
番組では、北村晴男弁護士と本村健太郎弁護士が「走って逃げろ」が最適と答えました。これに対して、元検事の住田裕子弁護士と元司法研修所刑事弁護教官の菊池幸夫弁護士は、「裁判で無実で証明すべき」と答えました。住田弁護士は、逃走すると「悪いことしたから逃げた」と心証に影響するともコメントしていました。
このように、番組では刑事事件に詳しい弁護士が「走って逃げろ」に賛同することなく、逃走することの不利益も説明していたにもかかわらず、どういう訳かウェブ上では「走って逃げろ」という対策が広まってしまったようです。北村弁護士と本村弁護士の回答に余程インパクトがあったのでしょうか。

痴漢を疑われたときの対応は?

元裁判官の秋山賢三弁護士は、痴漢を疑われときの適切な対応について、次のようにコメントしています。

 元裁判官で全国痴漢冤罪(えんざい)合同弁護団長を務めた秋山賢三弁護士は「実際に痴漢をしたのなら、正直に話すべきだ」としたうえで「逃げることは最もやってはいけない行為」と話す。秋山弁護士は「逃げる際に被害を訴える女性や駅員、周囲の人にぶつかって転倒させると傷害罪に問われる可能性がある」と指摘し「冤罪なら、名刺を渡すなど連絡先を伝え、その場を立ち去ること。悠然とした振る舞いが望ましい」とアドバイスする。そうすることで相手が冷静になり、記憶が整理されることもあるという。

痴漢:疑われ、相次ぐ線路逃走 過去に死者、多額賠償も - 毎日新聞

私も、秋山弁護士と同意見です。もっとも、現実的には、痴漢冤罪を疑われるという緊張状態で、悠然と振る舞うことは難しいであろうとは思いますが。

痴漢で逮捕されたら弁護士を呼ぶ。

はっきりとしているのは、痴漢を疑われて逮捕されてしまった場合、実際に痴漢をしているのか冤罪であるかにかかわらず、直ちに警察を通して弁護士を呼び、逮捕当日中に弁護士と面会をするべきということです。弁護士に心当たりがないのであれば、当番弁護士の要請をするべきです。
被疑者としては、逮捕されてしまったとしても、勾留されるのは阻止したいでしょう。現在の埼玉の運用では、痴漢事件の場合、親族等に身柄引受人になってもらい、釈放後に被害者と接触する可能性がない状況を確保できるのであれば、結果的に勾留はされないことが多くなっています。東京でも同じような運用のようです、
東京や埼玉では、(逮捕されたのが余程遅い時刻でない限りは)逮捕された日の翌日に事件が検察庁に送致され、検察官が勾留の請求をするかを判断します。被疑者が勾留を阻止しようとするのであれば、逮捕当日に弁護士と面会し、弁護人を選任し、逮捕当日の夜からその翌日の朝にかけて準備をする必要があります。
逮捕された場合には、とにかく逮捕当日中に弁護士と面会するべきです。